【教えて曳家先生(特別編)】「五月女(さおとめ)」という名字の由来と、「さ」に込められた繁栄の物語
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【教えて曳家先生(特別編)】「五月女(さおとめ)」という名字の由来と、「さ」に込められた繁栄の物語

1. はじめに
こんにちは。「曳家(ひきや)」を生業としております、曳家先生こと五月女です。
家をそのままの姿で移動させたり、傾きを直したりするこの仕事をしていると、お客様からふと、「五月女さんというお名前は、珍しいですね」と声をかけていただくことがあります。「五月の女」と書いて「さおとめ」。字面だけを見れば、新緑の季節に生まれた女性を連想される方が多いかもしれません。
よく間違われることがあるのですが、実は私たち五月女は「さおとめ」ではなく「そうとめ」と呼びます。
※もちろん同じ五月女で「さおとめ」と読む方もいます。しかし、「そうとめ」という呼び方は時代と共に「さおとめ」から派生した呼び名でした。
今回の曳家先生では、この「五月女(さおとめ・そうとめ)」という名字のルーツに、単なる季節の呼び名を超えた、私たち日本人が大切にしてきた「稲作」と「神様」、そして「繁栄」への深い祈りが込められていることを解説していきます。
普段は家の基礎を支える仕事をしておりますが、今日は少し趣向を変えて、言葉の基礎について皆様を少しばかり奥深い言葉の旅へご案内したいと思います。この話を知ると、春の桜や五月の田園風景が、今まで以上に美しく、尊いものに見えてくるかもしれません。
2. 「五月女」の起源と分布~栃木県との深い縁~
まず、この名字のルーツについてお話ししましょう。 「五月女」や「早乙女」という名字は、全国的に見ても特に栃木県に多く見られるお名前です 。
栃木県南部、特に宇都宮市や小山市などを中心に分布しており、この地域では「早乙女」だけでなく、私が名乗っている「五月女」という漢字表記も多く見られます 。
歴史に刻まれた「早乙女村」
実は栃木県には、かつてその名もズバリ「早乙女村(そうとめむら)」という村が存在していました 。現在のさくら市(旧・塩谷郡喜連川町)にある早乙女という地名がそれにあたります 。
この地は、荒川右岸の河岸段丘上に位置し、豊かな水田地帯が広がる場所でした 。江戸時代には奥州街道が通り、街道沿いには立場茶屋が並んで大変賑わったといいます 。 中世の史料を紐解くと、この地について「五月女」と記されていることが多く、街道の丘陵にある坂は「五月女坂(さおとめざか)」と呼ばれていました 。天文5年(1536年)には、この場所で「喜連川五月女坂の戦い」という合戦があったという記録も残っています 。
このように、私たちの名前は、北関東の豊かな土壌と歴史の中で育まれてきたものなのです。
3. なぜ「五月女」と書いて「さおとめ」と読むのか
では、なぜ「五月の女」と書いて「さおとめ」と読むのでしょうか。 これは、旧暦の5月(現在の6月頃)に行われる田植えと深く関係しています。
「五月女」という表記は、「早乙女」と同じ読みでありながら、「五月」という時期に焦点を当てた漢字表記です 。 もともと「早乙女」とは、稲の苗(早苗)を植える時期である五月に、田植えを行う若い女性たちを指す言葉でした 。
旧暦の5月は、別名「皐月(さつき)」とも呼ばれます 。この季節に、田んぼに入り、泥にまみれながらも神聖な役割を果たす女性たち。彼女たちの姿そのものが季節の代名詞となり、「五月に田植えをする女性」=「五月女」という字が当てられるようになったのです 。
しかし、ここで一つの疑問が浮かびます。 「乙女」が女性を指すのは分かります 。では、頭についている「さ」とは、一体何を意味しているのでしょうか?
実は、このたった一文字の「さ」の中に、日本人の信仰と文化の核心が隠されているのです。
4. 日本語の「さ」に秘められた霊力
「さおとめ」の「さ」。 「さなえ」の「さ」。 「さくら」の「さ」。
これらに共通する「さ」は、単なる音ではありません。 古代の日本人にとって、「さ」は「田の神」や「神稲(かみいね)」を意味する、極めて神聖な言葉でした 。

ここからは、この「さ」を鍵として、関連する言葉の語源を紐解いていきましょう。言葉の繋がりを知ることで、当時の日本人がどのような世界観を持っていたのかが見えてきます。
① 早苗(さなえ)と皐月(さつき)
田植えの時期に植える若い稲の苗を「早苗(さなえ)」と呼びますが、これは「早い苗」という意味だけではありません。「さ(田の神)」に捧げる大切な「苗」という意味が込められています 。 そして、5月の「皐月(さつき)」も、「早苗月(さなえづき)」が略されたものという説が有力ですが、これも「さ(田の神・田植え)」の月という意味を持っています 。
② 桜(さくら)~神様の座る場所~
日本人が愛してやまない「桜(さくら)」。 この語源にも「さ」が関係しています。 一つの説として、「さ」は田の神様、「くら」は神様が座る場所(御座)を意味するというものがあります 。 つまり桜とは、「田の神様が山から降りてきて、一時的に腰掛ける依り代(よりしろ)」なのです 。春になり桜が咲くことは、神様が無事に里へ降りてこられた合図であり、農作業の始まりを告げる神聖なサインでした。
また、「桜」には神話に登場する女神・木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)の「さくや」が転じたという説もあります 。美しく咲き、潔く散る桜の姿は、古代から神様の宿る木として信仰の対象だったのです。

③ 栄える(さかえる)と酒(さけ)
商売や家運が良くなることを「栄える(さかえる)」と言いますね。 この言葉は、木に花が咲き誇る様子や、火が明るく燃える様子に由来し、生命力が満ち溢れ、勢いがある状態を指します 。 そして、お祝いの席に欠かせない「酒(さけ)」も、この「栄え(さかえ)」や「栄え水(さかえみず)」が転じたという説が有力です 。ただし、私個人の見解では「栄える(さかえる)」とは「神様が帰ってきた状態(さ・かえる)」ではないかとも考えています。 お酒を飲んで場が賑やかになることは、まさに「神様の氣(さ・け)」、つまり神様の力が満ちて「栄える」状態そのものだったのかもしれません。
④ 榊(さかき)
神棚に供える「榊(さかき)」も忘れてはなりません。 これは神様と人間界の「境の木(さかいぎ)」であると同時に、常緑で常に青々としていることから「栄える木(さかえぎ)」とも呼ばれます 。 「木」へんに「神」と書いて「榊」。神事においては神様の依り代(よりしろ)、つまり神が宿る場所、神が降りてくる目印とされ、この国字が示す通り、神様の宿る神聖な木として、私たちの生活を守ってくれているのです 。
5. 田の神と早乙女の役割
さて、「さ」という言葉がいかに神聖かをご理解いただいたところで、再び「早乙女(さおとめ)」の話に戻りましょう。
「早乙女」とは、単なる農作業の担い手ではありませんでした。 彼女たちは、「さ(田の神)」に仕え、神聖な田植え儀式を行う巫女のような存在だったのです 。

ハレの日の主役
昔の日本において、田植えは稲作の中で最も重要な「ハレの日(非日常の祝祭日)」でした 。 その中心人物である早乙女たちは、紺の単衣(ひとえ)に赤い帯を締め、白い手ぬぐいを被り、菅笠(すげがさ)を身につけるという、独特の美しい姿で田んぼに入りました 。 彼女たちが一列に並んで苗を植えていく姿は、神様に豊作を祈る祈りそのものであり、村中がその神事を見守ったのです。
若沙那売神(わかさなめのかみ)

さらに、古事記の一説で、この早乙女と分かち難く結びついた一柱の女神に出会うことができます。
その名は、若沙那売神(わかさなめのかみ)。
お正月に迎える歳神様であり、穀物神でもある大年神(おおとしのかみ)の系譜に連なる女神様です。
兵庫県丹波市山南町の「さみやさん」と親しまれる狭宮神社に祀られる女神で、このお名前に含まれる「沙(さ)」は、これまでお話ししてきた「早苗」や「皐月」「桜」の「さ」と同じく、神聖な田の神を意味します。そして「那売(なめ)」は女性を指す言葉。 つまり、「沙那売(さなめ)」とは「早乙女(さおとめ)」の象徴、まさに田植えを司る女神なのです。
古代の人々は、身体的な強さが求められる物理的な労働や武力は「男性」の領分とする一方で、神々との交信や、目に見えない祈りや願いを届ける不思議な力は「女性」にこそ強く宿ると信じていました。 だからこそ、大地に新たな命(苗)を植え付ける最も神聖な儀式は、力自慢の男性ではなく、霊的な力を持つ「早乙女」の手で行われる必要があったのです。
6. 山の神と里の物語~桜の簪(かんざし)の合図~

ここで、少し昔の日本の風景を想像してみてください。
冬の間、神様は「山の神」として山奥に鎮座しています 。 春が訪れ、雪解け水が小川を流れる頃、山の神は里へと降りてきます。そして、「田の神(さ神)」となって、私たちに恵みをもたらします 。
その神様が里に降りてくる時の目印となるのが、先ほどお話しした「桜(さくら)」です 。 山々が薄紅色に染まる時、それは「里に神様が到着された」という知らせです。
この時、神様を迎える役割を担うのが早乙女たちです。 伝承や地域によっては、早乙女がその身支度の中に桜の枝や、桜を模した簪(かんざし)を挿すことで、田植えの開始を合図したとも考えられます。
桜の花びらが舞う中、神の依り代である桜を身につけた早乙女たちが田に降り立つ。それは、山の神が田の神へと移り変わり、大地に力が注ぎ込まれる瞬間を象徴する、幻想的で美しい光景だったことでしょう。
「早乙女(さおとめ)」とは、「田の神の到着を知らせる巫女」であり、桜の巫女の「早苗(さなえ)」を植える手つき一つ一つが、神様への感謝と、秋の実りへの祈りだったのです。
7. 「名は体を表す」~曳家としての想い~
「名は体を表す」という言葉があります。 名前はそのものの実体や本質を表している、という意味です。
私は「五月女(そうとめ)」という、「早乙女」をルーツとした田の神様に仕え、五穀豊穣の基礎を作る役割の名を背負って生まれました。そして今、家の基礎を扱い、家を動かす「曳家(ひきや)」という仕事をしています。
不思議なご縁を感じずにはいられません。 早乙女が苗を植えて稲の成長(繁栄)を願ったように、私もまた、お客様の家を整えることで、そのご家族が代々栄える(さかえる)」ことを願っているからです。
家は、単なるモノではありません。 そこには家族の歴史があり、思い出があり、神様がいらっしゃいます。 古くなった基礎を直し、家を傾きから救い、あるいは新しい場所へと移動させる。それは、家という「器(うつわ)」を再び満たし、盛ん(さかん)な状態へと導くことです 。
「栄える」という字の語源は、松明の火が明るく燃え盛る様子 。 お客様の家運が、燃え盛る火のように、あるいは満開の桜のように明るく華やかであるように。 そして、「榊(さかき)」のように、雨風に負けず常に青々と茂り続けるように。
私ども五月女建設は、そんな願いを込めて、建物の下に入り込み、今日もジャッキを操作しています。
「五月女」という名前に込められた、数千年の稲作文化と神への祈り。 この誇りを胸に、皆様の大切なお住まいが、末永く「栄える」ためのお手伝いをさせていただきたい。そう強く思っております。
春、桜の花を見かけた時、あるいは田植えの風景を目にした時、ふとこの話を思い出していただければ幸いです。 田の神様は、今も私たちの暮らしを静かに見守ってくれているはずですから。
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